東京大学農学部卒業後、住友商事に入社。その後、P&Gジャパンに転職。マーケティング本部にて、ファブリーズ、ジョイといったホームケアのブランドマネジメントを担当。シンガポールのアジア本社への転勤も伴い、上流となる中長期的ブランド戦略作りから、短期的なプランニングと実行、P/Lの管理まで含めた包括的なブランドマネジメントを経験。ファブリーズのブランドマネージャー時代には、ブランド始まってからのレコードとなる売り上げを達成。2020年に独立し、Marketing Demo株式会社を創業。
石井:これを全てカバーするのは相応の時間が必要なので、今回はその中でも本当に重要な以下の2点に絞ってお伝えします。こちらは、先程のキャンバスシートのWHATとWHOに対応しています。
石井:ここで質問です。皆様が日々飲まれているコーヒー。それ自体はほとんど変わらないのに、スターバックスがあれほど人気なのは何故なのでしょうか?
人がわざわざスターバックスで購入しているのは、本当に商品としてのコーヒーなのでしょうか?例えば集中して仕事ができる時間かもしれませんし、もしかしたらSNSに投稿した時の「いいね!」欲しさかもしれません。
なので、商品はコーヒーかもしれませんが、わざわざ買ったのには別の理由があると考えるのが自然でしょう。でないと、どこのコーヒーでもいいわけです。スターバックス自身、CEOの方が「スターバックスはサードプレイスを売っている」と公言しています。
このような、お客様が商品を通じて買っているものを、僕らは「便益」と呼んでいます。伝統的なマーケティングの考え方です。
石井:そして、感情的・本質的な便益が差別化されていればいるほど、ブランドは強く盤石になる。逆に、機能は簡単に模倣される上に、差別化が困難になります。
この良い例がiPhoneです。iPhoneって、機能を買っているわけではないです。例えば同時期に発売開始されたGalaxy Note9とiPhone XS Maxを見比べてみると、基本的にiPhoneの方が全体的に少しずつ機能は劣ります。でも、iPhoneの方が売れています。iPhoneは、世界観や人々の自尊心を売っているのです。
石井:ちなみに、ルイ・ヴィトンって、何を売っていると思いますか?
--気品高い自分を演出するためですか?
石井:なるほど。先程のピラミッド構造を見てみましょう。当然カバンを売っているわけですが、こう見ていくと、感情的・社会的便益によって本質的な差別化がなされているんだろうなということが容易に想像できます。
石井:もう一つ、国は戦闘機を通じて何を買っているのでしょうか?
こちらも同じ要領で考えることができます。商品としては機能的便益を掲げているとは思うのですが、感情的・社会的便益を考えると、もしかしたら国民の安心や内閣の支持率、国防に当たる人員の削減、平和に向けた機運などが挙げられるかもしれません。
石井:このような、本質的便益が顧客に伝わる形に姿を変えたものが、コンセプトやキーコピーへと発展します。こちらは本日は時間がないので割愛します。
ちなみに競合を考えるときに、「商品軸」と「本質的便益軸」、いずれで考えるかによってその中身が大きく変わります。例えばハーゲンダッツのアイスを考えた場合、商品軸だとスーパーカップやMOWなどのラクトアイスが競合になるでしょうが、本質的便益軸だと、「夜 × 女性 × ご褒美」という観点でザ・プレミアム・モルツやReFaのローラーなどが考えられるでしょう。
では、これを採用の文脈で考えるとどうでしょうか。
例えば飲料メーカーであるコカ・コーラは、サントリーやキリンと競合しているのでしょうか?もしくは「外資で実力を試したい」という軸で考えると、むしろ全く業界の違う金融やコンサルティングと競合しているのでしょうか?
自社の競合を見誤ると、伝える内容を見誤ってしまう可能性があります。商品としての競合と、採用上の便益としての競合は、往々にして異なるかもしれないということは、注意した方が良いでしょう。
石井:ここまでは「何(WHAT)を売るか」という話をしました。ここからは、「誰(WHO)に売るか」について見ていきます。
よく2軸4象限のポジショニングマップを作って商品のポジションを考えることが大事と言われますが、正直、あまり意味はないと思っています。何故ならば、ただのセグメントやポジショニングは、顧客のJobと結びついていないことが多いからです。なので、今日はマクロ的な考えは捨てるようにしましょう。Facebookだって、元々はハーバード大学の出会いアプリだったわけです。
石井:ここで大事なことは、顧客がどういうプロセスを経て商品を購入しているのかという話です。
消費者がまだ認識していないJobやインサイト(上図左側)があって、それに対する本質的な便益、つまりは商品が何かしらのきっかけで知覚された結果、「これはなきゃダメだわ」という心理になって、最終的に購入を意思決定をします。僕らはこれを「Must haveの心理」と呼んでいます。
なので、まだ気付いていないものを気づかせ、Nice to haveからMust haveへのトランジションを起こすことが、マーケティングの全てと言っても良いでしょう。
--インサイトとは何でしょうか?
石井:インサイトとは、顧客自身でも指摘されないと気づかない真実や課題のことです。例えばファブリーズのケースですと、家の中に洗えないものがたくさんあって、その匂いで苦しんでいるというのは、実は言われないと気づかないものです。これがまさにインサイトです。
--ニーズとは違うのでしょうか?
石井:ニーズは顕在化している課題のことで、インサイトは顕在化していない課題のことを示します。
このインサイトに気付いてもらうためには、その人の課題に対する感度が上がっている必要があります。僕たちはこれを「レセプティビティ(感受性)が高い状態」と呼んでいます。レセプティビティが高い状態でないと、人は情報を正しく受け取れません。情報を正しく受け取れないので、便益も受け取ってもらえないことになります。
具体例を、食器用洗剤のジョイ(JOY)で考えてみましょう。
石井:ここに、給料やポジションなどといった諸制約条件が加味されて、就職希望者の「就職意向」が決定されることになります。
とは言え、「ここでしか出来ない」が強く存在することで、諸制約条件が劣っていたとしても、モチベーションの高い人を採用することができると言えます。
なので私からの提案として、まずは明日からの第一ステップとして、自社の採用活動における本質的便益がWHOーWHATーHOWのどこにあるのかを、明確にして見てはいかがでしょうか。
なお、最後に一点だけ。本来であれば、この本質的便益を「施策」に落とし込まなければなりません。 採用であれば、告知・インターン・採用面接などがそれにあたると思います。ただし、ここは会社によってまちまちでしょうから、時間の都合で本セミナーでは割愛します。
今回は「P&G流のマーケティングを学んで採用を成功させよう」というテーマで、求職者心理の理解や、自社採用を成功へと導くためのポイントが解説されました。最終チャプターでお伝えした通り、採用という特異性があるものの、基本的な構造はマーケティングも採用マーケティングも同じであることがお分かりになったと思います。何よりも、まずは自社の本質的便益をしっかりと見極めるようにしましょう。
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取材/文:長岡 武司